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卒業アルバム

先日、高校の仲間と忘年会をしました。
だれかが卒業アルバムを持参していて、そこに掲載されている写真の一枚をみて「あれっ」とおもいました。
写真を見ていると、そこに写り込んでいる送電線や配電線、電話線などに注目がいってしまうのですが、水泳プールの写真を見た瞬間、後ろに小さく映っている送電線に目がいきました。特色ある分岐鉄塔で、こんな鉄塔自分の高校の近くにあったかな?
もしかして、国立府中インター近くにある都立府中西高校近くにあった、府中線からNEC府中事業場に引き込まれていた送電線を分岐していた鉄塔では?
忘年会に参加してた別の人に聞いた見たら、このプールの写真は何故か府中西高校の写真ということは有名になっていたそうです。アルバム制作会社が写真を間違えたのか、ちょうどプールの写真がなかったから別の学校の写真を流用したのかは定かではありませんが、有名になってたのはいままで知りませんでした。

この分岐鉄塔ですが、数年前に新しいものに建て替えられてしまいました。
当時府中線は原型鉄塔で、一部は玉川以南に現存しているようにジャミュラ型の背の低いもので、記憶では昭和34年の建設、新宿方向に向かって右側にはすぐ隣を並行して、八ツ沢線の原型である明治44年建設の二回線木柱送電線が通っており、分岐した引き込み線は八ツ沢線の上を通っていましたので、他の府中線に比べてかなり背の高いものでした。NEC府中事業場は1960年代中ごろの建設ですので、分岐鉄塔は後から建て替えられたものとおもわれます。
NECへの引き込み線は現存しており、縦に六線を積み上げた形でおそらく用地幅を狭くするためとおもいます。分岐鉄塔は四回線型鉄塔のしたの三段に二列で府中線の本線を架設して、新宿に向かって右側の一回線は下の三段より直接分岐、左側の一回線三線は上部に引き上げてから上の三段から分岐していました。通常ならば、段違い型にするかなとおもいますが、前後の府中線が低いため段差鉄塔の上側に架設された線が前後の鉄塔部分で持ち上げられるのを防ぐため、とおもわれます。
話は変わりますが、戦後直後に米軍が撮影したという航空写真を見ることができました。
自分が知っているところでは、ジャミュラ型府中線鉄塔と木柱八ツ沢線と並行して、多摩川との交差部では府中線は一気に渡っていましたが、八ツ沢線は河川敷内にも2基か3基の鉄塔を追加してありました。
上2線、下4線のいわゆるドナウ型で、腕金上部が水平、下部が斜め(架空地線2条のコックさん型鉄塔の架空地線の腕金の形)でした。おそらく建設当初はピン碍子が使用されていたと思われますが、自分が見たときは腕金のしたに懸垂碍子が取り付けてありました。
航空写真で、多摩川を渡る部分2ルートの同じ形の送電線が写っていたので、当初は二回線木柱を二組で四回線だったものが新宿に向かった右側を鉄塔化して府中線にしたものとおもわれる。
by power_line | 2012-12-31 20:23
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